おかん、死んでくれてありがとう②

4月 5, 2022 by 社長 幡司 剛成

おかんは、正月明けに退院して、そこから1ヶ月は自宅療養となりました。

帰って来た当初は、3ヶ月ほとんど寝たきり状態だったので、家の階段が這ってじゃないと上がれずで。

 

そんな自分にショックを隠しきれなかったみたいでした。

ここまで弱るのかと・・・

 

ですが、そこから春に向けて体調も回復してきて、だんだんとお店に出て接客できるようになりました。

 

おかんは!!何より家族と同様に照泰仏堂を愛してましたから、接客ができる喜びに満ち、感謝の気持ちが増し、家族の雰囲気も超明るくなり、やっぱり!!幡司家にはおかんがおらんとって心底思ったのを昨日のことのように思い出します。

 

そして!!だんだんと日常生活に戻りつつあり、でも!!油断はできない状態が続いて、一年が来ようとした矢先、今度は姪っ子が病気を発症してしまいました。

 

おかんが難病になってちょうど一年が経とうとした時、妹の子供が6歳になったばっかりの時でした。

その病気は、先天性の「一型糖尿病」。

生活習慣からなる二型糖尿病ではなく、ある日いきなり発症する一型糖尿病です。

一生インスリンが手放せません。

 

おかんは、子供大好き人間でしたから、まさか自分の孫がそんな病気になるなんて・・・

自分がなった病気より辛かったみたいで。

 

病気とともに、あれだけ勝気だったおかんが心が弱くなっていて、姪っ子が小学校二年生の時に低血糖で泡を吹いて倒れた時、おかんは僕に「私、よう行かんからあんたすぐに行って」と・・・

 

病気をする前のおかんだったら、いの一番に駆けつけ対処してたと思いますが・・・

 

その時に、おかんは本当に弱ってしまったんだなと思いました。

いや!!多分、本当は弱いおかんだったんだと思います。

おかんは、家族や店を守るために虚勢を張っていて、その限界に近づいたから病気というカタチで知らされたのではないかと・・・

 

そして、そうならないと、いつまで経ってもおかんを頼り続けていては、僕たちが強く生きていけれないからだと、今となったらそう思います。

 

これもおかんの魂が身をもって教えてくれたのではないかと・・・

 

 

 

パート③へと続く・・・

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